徒然なるままにその日暮らし

なんか書いてます

「疑惑」松本清張

映画版を先に観て、主演のお二方(桃井かおり岩下志麻、敬称略)の演技に釘付けになった。映画は「プラス松竹」チャンネルにて配信中とのこと、ぜひ、観ていただきたい。

原作は、松本清張による短編「疑惑」(旧題「昇る足音」)。なお、映画化にあたっては松本清張本人が脚色に参加している。

実際に起きた保険金事件にヒントを得たストーリー。年の離れた夫を保険金目的に殺害したのではという「疑惑」をかけられた球磨子。無実を訴えるものの、暴行事件や恐喝を行なってきた前科が彼女をかぎりなく黒へと近づけていく。

以下、ネタばれあり。

球磨子を「毒婦」に仕立て上げたのは、事件の連載記事を書いた新聞記者、秋谷茂一。秋谷は球磨子の犯行を確信し、社会正義を掲げて彼女の悪行の数々を新聞という公共のメディアに書きたてる。暴行、恐喝をしてきた女だ、殺人も厭わないだろう、と。今も昔も、メディアのやっていることが変わっていない。

球磨子の前歴を知らされる読者もまた、彼女が保険金目当てに殺人を行っただろうという疑念を抱かされる。無実だとの主張も罪を逃れるためだろう、暴力をふるうような人間だ、嘘をつくもの平気なはずだ、と。今なら、SNSやネットで大騒ぎ、誹謗中傷の嵐が吹き荒れているだろう。

球磨子の国選弁護人に選ばれた佐原貞吉は球磨子の証言、物的証拠から彼女の夫は彼女を道連れにしての自殺だったと結論づける。球磨子は嘘は言っていなかったし、夫の自殺をほのめかす物証も最初から提示されていた。読者は、あっと思わされる。ここまではミステリーの常套である。

この先が趣を変えて、ホラーになる。いや、ホラー的な展開は伏線として序盤から張られてはいるのだが。

球磨子の無罪放免が決まりそうになると、新聞記者、秋谷は、球磨子が仲間をつれてお礼参りと称して自分や家族に暴力をふるうのではないかと恐れるようになる。なにしろ、彼女を毒婦に仕立て上げ、犯してもいない殺人事件の犯人にしようとしていた張本人なのだ。殺されるかもしれない恐怖心から、秋谷は球磨子の無罪を証明しようとしている弁護士佐原貞吉を殺害しようと試みる。げに恐ろしきは人間、自己保身の醜さよ。

映画版の話をすると、映画では国選弁護人、佐原貞吉は女性に変えられている。映画版では、球磨子と彼女の弁護にあたる女性という二人の女性の対比に焦点がしぼられていたように記憶している。人間臭い球磨子に対して、スマートさを代表するかのような東大法学部卒の弁護士。依頼人と弁護士が対立しながら、どう「疑惑」をはらしていくのか。苦々しく思う相手の無罪を、職務上、道義上、証明しなくてはならない。映画版はサスペンス味が強調されていたように覚えている。