徒然なるままにその日暮らし

なんか書いてます

「禁じられた楽園」恩田陸

ホラーは表現者にとって非常に難しいジャンル。人によって恐怖を感じる対象は異なるからだ。私は虫は平気だが、苦手だ、恐怖を覚えるという人は結構多い。フォビアの域になるが、リンゴのような丸い果実に恐怖を覚える人もいるそうだ。ちなみに、幽霊、妖怪の類よりも人間が一番怖くて恐ろしい存在だと私は思っている。

【あらすじ】平口捷は、同級生で天才美術家と名高い烏山響一に彼の郷里にある美術館へと招待される。美術館を訪れた捷を襲ったのはめくるめく恐怖だった……。

「禁じられた楽園」で描かれる恐怖は、お化け屋敷を歩いているような不気味さだ。それこそがまさに著者が表現しようとしたものである。お化け屋敷を歩いている時の何とも言えない不気味さ、先に何が出てくるのかわからない恐怖、しかし、先へ進んでみたいという誘惑……。

お化け屋敷を行く人間の心理描写が優れていることは言わずもがな、お化け屋敷そのものの描写が秀逸。色の描写にはじまり、音、感触、臭い、と、五感に訴えかけてくる。文字を追うだけで、自分がまるで物語の人物と同じ場所にいて、同じ物を見、聞き、においを嗅いでいるような気分になる。

物語の人物たちが歩くお化け屋敷は、読者側にとっては本作そのものなのである。怖い、だが、次のページに何が書かれているのか、ページをめくる手はとまらない。物語の人物たち同様、読者も先に進む。

作中で言及されているように、まるで江戸川乱歩の「パノラマ島綺譚」のような世界が繰り広げられる。山間にかけられたアクリルの橋を歩いて見下ろす下界、ゴム製のカーテンで仕切られた迷路、ひたすらに上下する階段……「展示物」が次々と出現するさまはエドガー・アラン・ポーの「赤死病の仮面」を彷彿とさせるし、腸内を行くかのようなゴム製カーテンの迷路の部屋は江戸川乱歩の「赤い部屋」のようだ。

とにかくも、ぞわぞわとするのだ。何とも言われぬ恐怖を言語化し、その言語を読むことによって脳内で恐怖が再現される。読むお化け屋敷である。